二十一の調


剣士として








隆士「つつっ・・・ちょっとキツイかな・・・?」

自分の過去を告白した翌日、早朝から隆士は橙条院家の中庭で木刀による素振りをしていた。

隆士「でも何とかして雫を扱えるようにならなきゃ・・・でなくちゃ先生からもらえる訳が無い。」

痛む右腕を堪え、隆士は何度も素振りをした。
そこへ。

瑞穂「早いね、白鳥君。」

瑞穂がやってきた。

隆士「おはよう。瑞穂さんも早いんだね。」

瑞穂「えぇ。昨日の夜にちょっとね・・・梢ちゃんが〜・・・」

隆士「どうかしたの?」

瑞穂「うん・・・千百合ちゃん、だっけ? 彼女が出てきてね〜・・・」

隆士「あぁ〜・・・もう予想つくよ・・・多分・・・」



千百合(皆さんの服飾は正しくありませんわ。今この場で直さなくては!!)

恵(ちょっ!! 一体その服はどっから持ってきたのよ!?)

理想奈(あ、趣味いいじゃないの。私も協力する〜!!)

朝美(うひゃ〜!! タチバナさ〜ん!!)

珠実(そうはさせないですぅ〜!!)



隆士「って、感じだった?」

瑞穂「うん・・・それよりも、大丈夫なの?」

隆士「え?」

瑞穂「あまり動かさない方がいいって言われたでしょ?」

隆士「あぁ。このくらいなら大丈夫だよ。感覚も戻ってきたし、早く何とかしなきゃいけないしね。」

瑞穂「そう・・・」

瑞穂は縁側に座り、素振りする隆士を見続けた。

瑞穂「・・・カッコイイね・・・」

隆士「え?」

隆士の素振りを見ていた瑞穂は小さく呟き、隆士の背中に抱きついた。

隆士「み、瑞穂・・・さん・・・?」

瑞穂「私・・・白鳥君・・・ううん、隆士君の為ならなんだって出来るから・・・私も力になるよ・・・」

隆士「りゅ、隆士君って・・・瑞穂さん・・・」

瑞穂の行動に驚いた隆士は思わず瑞穂を見てしまった。

瑞穂「瑞穂って・・・呼んでよ・・・隆士君・・・」

そう言って瑞穂は隆士の顔を見て唇を近づけた。

隆士「み、瑞穂さ・・・」

二人の唇が重なりそうになった。
しかし。

「てやぁっ!!」

瑞穂「!!」

突如何者かが襲い掛かり、瑞穂はνXカリパーを出してその攻撃を受け止めた。

隆士「な・・・なっき・・・?」

夏樹「抜け駆けは無しって、昨日言わなかったっけ?」

襲ってきたのは夏樹で、錫杖を瑞穂に突き出していたのだった。

瑞穂「あら、恋は早い者勝ちって言葉もあるのよ? 梢ちゃんや朱雀ちゃんには悪いけど、いいじゃないの。」

夏樹「そうはボクがさせないよ!!」

瑞穂「はっ!!」

二人は一度距離を置き、そしてすぐに互いの武器でぶつかりだした。

隆士「ちょ、ちょっと二人とも!!」

隆士が止めようとするが、二人は止まらなかった。

夏樹「隆の事を一番知ってるのは、ボクだよ!!」

瑞穂「それじゃあ最近の隆士君の事は何か知ってるわけ!? 私はクラスメイトだから知っているわよ!!」

夏樹「そんな事は聞いていない!!」

隆士「あぁ〜・・・どうしたらいいのやら・・・」

夏樹「それにしても、意外にやるじゃないの!!」

瑞穂「小さい頃ちょっとだけ、空手を習っててね!! せやっ!!」

瑞穂はνXカリパーで夏樹の錫杖を弾き、続けてハイキックを仕掛けた。

夏樹「甘い!!」

しかし夏樹も弾かれた錫杖をしっかりと掴み、柄で瑞穂の蹴りを受け止めた。

隆士「み、瑞穂さん!! そ、その!!」

瑞穂「え?」

瑞穂の今の状態は高く上げた足を止められた体勢。
ちなみに今の瑞穂の服装は少々短いスカートに上は重ね着。
つまり隆士の位置から見る瑞穂の姿は目の保養(毒?)になっていた。

瑞穂「別に隆士君になら見られたって構わないもの。」

隆士「いや、そう言う問題なの・・・?」

隆士は目を逸らすも、既に鼻血が出ていた。

隆士(ピンクって・・・瑞穂さん可愛い所あるんだな・・・って忘れるんだ僕!!)

いつもの如く妄想したが、すぐに邪念を振り払った。

夏樹「じゃ、そろそろ決着つけようか?」

瑞穂「えぇ。」

二人は一度距離を置き、次を最後にするらしく集中しだした。

隆士「もう止めてったら二人とも〜・・・」

本来愛するべき人の声も、二人には届いていなかった。

夏樹「行くよ!! たぁーーー!!」

瑞穂「はぁ!!」

同時に二人は相手へ向かい走り出した。
しかし。

「そこまでです!!」

瑞穂「うっ!?」

夏樹「わっ!!」

隆士「す、朱雀さん・・・」

二人の間に朱雀が割り込み、二人を無理矢理止めた。

朱雀「朝ですよ? 一体何をしてるんですか。」

朱雀は右手に持ったアサルトライフルを自分の左側にいる瑞穂に。
左手に持ったウィンチェスターを右側にいる夏樹に突きつけていた。

夏樹「分かったわよ・・・」

瑞穂「はいはい・・・」

朱雀の介入で二人の争いは落ち着いた。

隆士「はぁ・・・全く・・・」









理想奈「瑞穂も隅に置けないわねぇ〜抜け駆けするなんて。」

瑞穂「いいじゃないの。私は隆士君が好きなの。」

梢「え・・・りゅ、隆士君・・・?」

瑞穂「あ、うっかり・・・」

先ほどの騒動から小一時間、全員が起きて集まっていた。

梢「私、まだ名前で呼んだ事が無いのに・・・瑞穂さん・・・」

瑞穂「まぁいいじゃない。そんなんじゃ私が隆士君奪っちゃうわよ?」

梢「そ、それは駄目です!!」

朱雀「お、落ち着いてください梢さん!!」

恵「梢ちゃんも変わったわねぇ〜」

珠実「ですぅ〜」

隆士「・・・ちょっといいですか? 二人とも。」

恵「んにゃ?」

珠実「何ですぅ?」

隆士は恵と珠実を皆より少し離れた場所に呼んだ。

隆士「気づきませんか? 梢ちゃんの変化に。」

珠実「変化? いつも見ていますが、特に・・・」

恵「アタシも変わった様子は無いと想うけど?」

隆士「・・・昨日の夜、千百合ちゃんが出てきたそうですけど、その時はどうして?」

恵「あ、アレは梢ちゃんが転んで頭ぶつけたのよ。いつものパターンでしょ?」

隆士「確かにそうですが・・・気づきませんか? 最近彼女が誰かに変わるタイミングが。」

恵「へ?」

珠実「そう言えば・・・前は少々のショックでも誰かになっていましたが、最近は大きなショックがあっても変化する事が無くなっているような・・・」

隆士「はい。十二支の襲撃以降。梢ちゃんに一つの『耐性』が出来たんじゃないかと僕は思うんです。」

珠実「耐性・・・ですか?」

隆士「もしかしたら・・・彼女の病気が治る要因になるのかも・・・」

翼「お〜い白鳥。何そこで話してんだよ。朝飯だとよ〜」

隆士「分かったよ〜!! 今の話、みんなには黙っててくださいね。」

恵「わ、分かったわ。」

珠実「はいです。」

そして三人は皆の所へ戻り、朝食を取る事にした。









朱雀「では私達はあっちへ行きますので、おじい様もお元気で。」

隼「うむ、気をつけるのじゃぞ。」

朝食を取った後、皆は双葉台へ戻る事になった。

隆士「僕はちょっと先生から受け取る物があるから、明日にはそっちに戻るよ。」

梢「そうですか。気をつけてくださいね。」

隆士「うん。みんなも気をつけて。虎丈、神那。僕がいない間、もし誰かが襲ってきた時は。」

虎丈「分かってる。お前の分も守ってやるよ。」

神那「ま、今の状況で襲ってくるって言ったら犬斗の野郎だろうけどな。」

隆士「だとしてもさ。それじゃ、あっちで。」

梢「はい。」

そして隆士と山吹は梢達と別れ、梢達は双葉台に向かった。

梢「大丈夫でしょうか・・・本当に・・・」

灰原「信じてやれよ。アイツだって正真正銘の馬鹿じゃない筈だ。」

梢「そう・・・ですね・・・」









梢「えと・・・りゅ・・・りゅ・・・えと〜・・・」

翌日梢は川原で何かを呟いていた。

梢「私だって恋人なんですから、名前で呼ばないと・・・えっと・・・」

「それって努力する事?」

梢「え? きゃっ!!」

梢のすぐ傍に花梨と浩子が来ていた。

梢「もう〜・・・脅かさないでよ。」

花梨「ま、いいじゃないの。」

梢「もう・・・」

少々呆れたが梢は土手に座り、他の二人もその隣に座った。

浩子「それで、一人で恋人の名前を呼ぶ練習をしてたの?」

梢「うん・・・」

花梨「別に堂々と『隆士』って呼べばいいじゃないの。」

梢「それは白鳥さんに失礼じゃないかって・・・」

花梨「そうかなぁ・・・? ま、好きにしたら?」

浩子「うんうん。梢ポンなら大丈夫だよ。」

梢「ありがとう。花梨ちゃん、ヒロちゃん。」

花梨「ま、あまり無理しない方がいいわよ。自然にしたらいいんだから。」

浩子「素直に言えばいいんだから、頑張ってね。」

そう言って花梨と浩子は帰っていった。

梢「・・・ありがと。自然に、素直に。よしっ」

何かを決意して梢は立ち上がった。

梢「早く帰りましょう。皆さんも待っているでしょうし。」

実は梢は買い物帰りだったので、買った袋を持って帰ろうとした。
しかし。

梢「はっ」

梢は何かに気づいた。
今自分しかいないはずのこの川原に、”何か”がいると言う気配に。

梢「十二支・・・一体誰が・・・」

梢は先ほど買ったばかりの新しいフライパンを袋から取り出した。

梢「・・・」

梢は辺りに集中した。
”誰かが狙っている”と言う気配がどこからかする。
気をつけなければ、すぐに殺されると。

「まずは・・・一人・・・」

梢「!!」

「でやぁっ!!」

梢の後ろで声がし、同時に誰かが襲ってきた。

梢「きゃっ!!」

梢はとっさにフライパンで相手の攻撃を受け止めた。
その際金属音が響いた。

「ちっまさか女なんかに受け止められるとはな。」

梢「あなたは・・・犬斗!?」

襲い掛かってきたのは犬斗だった。

犬斗「お前なら簡単に殺せそうだぜ・・・」

梢「・・・」

梢は気づいていた。
今下手に動いたらやられる。
何とかしなくてはいけない。

梢(何とかしなくちゃ・・・今ここに白鳥さん達はいない・・・)

犬斗「ぼさっとしてると死ぬぜ!!」

梢「はっ!!」

梢が考え事をしている隙に犬斗が再び斬りかかってきた。

梢「くっ!!」

梢はフライパンを前に出して犬斗の刀を受け止め、同時に弾き返した。

犬斗「ちっ意外にやるじゃないかよ。」

梢「え・・・?」

犬斗「だが今度はどうだ!!」

梢「え、わっ!!」

犬斗は何度も梢に斬りかかるも、その度に梢はフライパンで受け止めて弾き返した。

梢(どうしてこんな事が出来るの・・・私じゃないみたい・・・)

梢は自分が犬斗の攻撃を受け止めれる事に疑問を抱いていた。
まるで自分が別人であるかのように。

犬斗「このぉ・・・なめんなぁっ!!」

梢「きゃっ!!」

何度も受け止められた犬斗は怒り、全力を出した一太刀で梢の手からフライパンを弾いた。

犬斗「これで、終わりだぁっ!!」

梢(やられるっ!!)

殺されると思った梢は目を閉じた。
その時。

「梢逃げて!!」

梢「!?」

犬斗「おわっ!?」

声が聞こえ、犬斗は梢を襲わなかった。
恐る恐る梢は目を開けるとそこには。

梢「花梨ちゃん!?」

花梨「早く逃げて!!」

帰ったはずの花梨が戻ってきていて犬斗にしがみついて抑えていた。

花梨「梢早く!! 殺されるよ!!」

浩子「こっちだよ!!」

梢「ヒロちゃん!! うん!!」

梢はすぐに浩子のいる所へ走った。

犬斗「待てっ!!」

犬斗も後を追おうとした。
しかし。

花梨「行かせないよ!!」

花梨がしがみついて犬斗を行かせなかった。

犬斗「このアマ・・・邪魔すんなぁ!!」

花梨「あっ!!」

全力を出して犬斗は花梨を振り払った。
そして。

犬斗「死ねぇ!!」

花梨「うっ!!」

梢「っ!?」

浩子「え・・・」

梢「か、花梨ちゃぁーーーん!!」

花梨の腹部に犬斗の刀が突き刺さっていた。

花梨「う、嘘・・・私・・・死ぬ・・・の・・・?」

犬斗「あぁ。てめぇは死ぬんだよ。」

そう言って犬斗は刀を抜き、花梨はその場に倒れた。

浩子「そ、そんな・・・こんなの・・・無いよ・・・」

犬斗「さってと、次はお前らだ。」

浩子「こ、梢ポン・・・どうしよ・・・梢ポン?」

梢「・・・さない・・・」

花梨が刺された瞬間から梢の様子がおかしくなっていた。
その様子は今までの梢でも無く、ましてや他の人格とも違っていた。

浩子「こ、梢ポン・・・? どうしたの・・・?」

犬斗「あ? 何か言ったか?」

梢「許さない・・・あなたを絶対に・・・許さない!!」

これまで一度も誰かに怒る事が無かった梢が本気で怒り、犬斗に向かっていった。

浩子「駄目だよ梢ポン!! 行っちゃ駄目ぇ!!」

浩子は叫んだがその声は梢には届かなかった。

梢「うあぁーーー!!」

犬斗「うざってぇんだよ!! 死ねっ!!」

犬斗は持っていた刀を一本、梢に投げつけた。

梢「っ!!」

犬斗「にっ!?」

浩子「え? えぇ!?」

梢はその刀を避けるのではなくその柄を握って刀を持った。

梢「いやぁーーー!!」

そしてその勢いを殺さずに犬斗に向かっていった。

犬斗「けっ!! てめぇ如きにやられるかっての!!」

そう言って犬斗は両手に刀を持ち梢に向かった。

梢「てぇい!!」

先に斬りかかったのは梢、力の限り上段の構えから斬りかかった。

犬斗「その程度、あめぇよ!!」

しかし犬斗は左手の刀一本で梢の刀を受け止めた。

犬斗「そこだっ!!」

そして右手の刀で梢の左腹を狙って横斬りを仕掛けた。

浩子「危ない!!」

梢「やぁっ!!」

犬斗「何っ!?」

梢は左の肘と膝で刃を受け、その上刃を砕いた。

梢「はぁっ!!」

刃を砕いた後梢は犬斗から一度離れ、頭部を目掛けて刀を突き出した。

犬斗「くっ!!」

犬斗は梢の突きを何とかかわした。
しかし僅かに左の頬にかすり、そこから血が出てきた。

犬斗「女だと思ってなめてかかってたが・・・てめぇ普通じゃねぇな。」

梢「・・・」

浩子(おかしいよ・・・今の梢ポンは何かおかしい・・・別人だよ・・・)

浩子も梢の異変に気づいてはいるが、梢の瞳の色は変わっておらず、梢のままであった。

梢「許さない・・・絶対に・・・!!」

犬斗「こらちったぁ本気出さねぇとやべぇな。ただ殺すだけじゃ生温いし、存分に甚振ってから殺してやる。」

そう言って犬斗はもう一度左手に刀を持ち、構えた。

犬斗「行くぜぇ!!」

梢「うあぁーーー!!」

二人同時に走り出し、互いに刀を強く握った。

梢「やぁーーー!!」

再び梢が先に上段の構えで斬りかかった。

犬斗「二度も同じ攻撃を喰らうかっての!! でりゃ!!」

梢に向けて犬斗は右の刀を投げつけた。

梢「っ!!」

梢はその刀を自分の刀で斬り落とした。
しかし。

犬斗「引っかかったな!!」

梢「づっ!!」

犬斗は梢の隙をついて梢の刀を持った手を蹴り、刀を落とした。

犬斗「死ねっ!!」

続けて犬斗は左の刀で梢を斬ろうとした。

浩子「逃げて!!」

梢「くっ!!」

梢は咄嗟に犬斗の目の前で手を叩いた。
その時。

犬斗「おわっ!?」

浩子「えっ!?」

梢の手元に突如花束が現れた。
それはまさに棗のマジックであった。
そしてそれに犬斗がひるみ、その隙に梢は犬斗から離れた。

浩子(やっぱり・・・今の梢ポンはおかしい・・・もしかして病気が・・・?)

犬斗「この・・・ふざけてんじゃねぇ!!」

梢の行動に本気で怒った犬斗は全力で梢に斬りかかった。

梢「っ!!」

犬斗の一太刀は今までのより強く速かった。
梢は何とか回避出来たが今度は大きな隙が生じてしまった。

犬斗「どりゃぁっ!!」

梢「がっ!?」

梢の隙をついて犬斗は右腕で梢の鳩尾を全力で殴りつけた。

犬斗「これで、トドメぇ!!」

そして犬斗は梢を斬る為に刀を振り上げた。

浩子「梢ポン!!」

犬斗「でりゃあっ!!」

犬斗は力の限り刀を振り下ろした。

梢(やられる・・・隆士さん・・・ごめんなさい・・・)

その瞬間梢は死を覚悟した。
その時だった。

「させない!!」

犬斗「何っ!?」

梢「え・・・きゃっ!!」

誰かの声がし、途端何者かが梢の体を持って犬斗から離れた。

梢「あ・・・」

「遅れてごめんね・・・もう大丈夫だよ。」

犬斗「て、てめぇは・・・」

梢「隆士・・・さん・・・」

現れたのは隆士だった。

隆士「後は任せて。花梨ちゃんは楓さんが診てくれるよ。」

梢「え? あ・・・」

楓「急所は辛うじて外れてますが・・・危険な状態である事に変わりはありません。すぐ手当てをします。」

梢が見ると花梨の所に楓が来ており、彼女の容態を診ていた。

隆士「必ず助けてあげてください。ヒロちゃんもここから離れて。」

浩子「は、はい!!」

楓「それでは隆士様、ご武運を・・・」

そう言って楓は花梨を連れて去り、浩子もここから去った。

隆士「梢ちゃんも早く帰って。危ないから。」

梢「・・・」

隆士「さぁ、早く。」

梢「いえ・・・ここにいさせてください。」

隆士「え?」

梢「隆士さんの近くに・・・いたいんです・・・」

隆士「梢ちゃん・・・分かったよ。だけど少し離れててね。」

梢「はい。」

隆士「それと。」

梢「どうかしましたか? 隆士さ・・・あ。」

この時梢は自分が隆士の事を名前で呼んでいた事に気づいた。

梢「す、すみませんでした!!」

隆士「いいよ。別に恋人同士なんだからさ。」

梢「し・・・隆士さん・・・」

犬斗「おいおい・・・そう言うノロケは別の場所でやれっての。」

隆士「あぁ、悪かったよ。それじゃ、始めようか。」

犬斗「けっ・・・で、てめぇの獲物はそん中か?」

隆士「あぁ。」

隆士の左手には布に包んである長い物が握られていた。

犬斗「見た所普通の刀だな。」

隆士「これは特殊な作りでね。あまり扱えれる人はいなかったんだ。」

そう言って隆士は布を解いた。

梢「それは・・・」

布に包んであったのは一本の刀だった。

隆士「日輪雫、先生の家に代々伝わっていた刀だよ。」

犬斗「にちりんの?」

梢「しずく・・・?」

隆士「僕もまだ完璧に使いこなせるわけじゃ無いけど、やれるだけの事はやるつもりさ。」

犬斗「そうかよ。んじゃ、行くぜ!!」

そう言って先に仕掛けたのは犬斗だった。

犬斗「でりゃっ!!」

隆士「はっ!!」

隆士は刀の鞘で犬斗の一太刀を受け止めた。

犬斗「何っ!?」

隆士「てやっ!!」

犬斗「うおっ!?」

そしてそのまま犬斗の刀を振り払い、地の型で仕掛けたが寸前でかわされた。

隆士「くっ外したか・・・」

犬斗「っぶねぇな・・・あん?」

梢「え? その刀・・・」

鞘から抜かれた日輪雫を見た梢と犬斗はある事に気づいた。

梢「刃が・・・ついてない?」

日輪雫の刀身には刃が無かった。

隆士「よく分かったね。雫は初めから刃が無いんだ。」

梢「ですけどそれじゃあ斬る事が出来ないのでは・・・?」

隆士「確かに。さっき言ったよね、扱えれる人はいなかったって。」

梢「え、はい・・・」

隆士「この刀は本当に剣士としての心を持った者にしか扱えれないんだ。例え凄腕の剣士でもこれを扱えたのはそんなにいなかったんだって。」

梢「どう言う事です?」

隆士「簡単な事さ。刀は刃の良し悪しだけで斬れるわけじゃない。刀は心で斬る物なんだ。」

梢「心?」

隆士「そう。つまり雫は心が駄目だったら何も斬る事が出来ない。だけどその逆もまたしかりさ。」

犬斗「心次第じゃ何でもかんでも斬れるっつぅわけか。」

隆士「そう言う事。元々斬る気の無い僕にちょうどいいのさ。」

犬斗「なるほどな。」

隆士「だけどお前の口から心で斬るって事を聞くとは思わなかったよ。」

犬斗「これでも剣士だからな。お前と違って落ちこぼれだがよ。」

隆士「と言うと?」

犬斗「俺も前は剣道を習っていてな、それなりに腕はあったんだぜ。だが・・・」

隆士「何かあったんだね。」

犬斗「あったってもんじゃねぇ・・・あの日俺は別の町の不良グループに絡まれた。俺は竹刀を持っていたからそれで逆にそいつらを叩きのめした。」

隆士「それが問題になって辞めさせられたとか、そう言う所?」

犬斗「いや・・・その不良グループの一人が木刀を持っていてよ、奴の攻撃を受けた時に俺の竹刀が壊れて、それから俺は逆にボコボコにされたんだよ・・・」

隆士「なるほど・・・それがお前が刀を道具としてしか見なくなった理由か。」

犬斗「あの時竹刀が折れてなきゃやられてなかった・・・武器がありゃ俺は負けなかったんだ・・・」

隆士「気持ちは分からなくは無いよ。だけどそれは剣士として一番駄目な考えだ。」

犬斗「・・・」

隆士「剣士と刀は一心同体も同じさ。道具としてじゃなく自分の体の一部と同じなんだよ。」

梢「隆士さん・・・」

隆士「お前のその闇を僕が斬る。同じ剣士としてね。」

犬斗「出来るのか? お前に。」

隆士「そうするのさ。だから、本気出して行くよ。」

そう言って隆士は鞘を腰のベルトに挿し、構えた。

隆士「行くぞ!!」

犬斗「来い!!」

先に隆士が犬斗に仕掛けた。

隆士「でやぁっ!!」

犬斗「ぬっ!!」

隆士の放った地の型を犬斗は何とか寸前でかわした。

隆士「そこぉっ!!」

犬斗「何っ!?」

地の型を放ってすぐに隆士は水の型を放った。
水の型で犬斗の持っていた刀を一本弾いた。

隆士「でやぁっ!!」

そしてそのまま隆士は犬斗に向かって斬りかかった。

犬斗「火の型か!? くっ!!」

その攻撃が火の型だと気づいた犬斗はすぐにもう一本の剣で防御の姿勢を取った。

隆士「ちっ!!」

攻撃が気づかれた隆士は犬斗の目の前で止まった。

隆士「分かってるなんてね・・・火の型の事を。」

犬斗「こっちだって知る気は無かったんだがな。竜汪の剣を見て分かったのさ。」

隆士「そっか・・・」

梢「どう言う事です?」

隆士「火の型は素早さを生かして切った事さえ気づかせない高速の太刀。つまり星の型で一番速い技なのさ。あいつは今それを見破ったって訳。」

犬斗「つまり切りかかる前に防御の構えを取ってりゃ大丈夫っつぅ事だよ。」

梢「はぁ・・・」

隆士「だけど、火の型を見破られるって思わなかったからな・・・長期戦は危ないかも。」

犬斗「なら、どうするんだ?」

隆士「勿論、一気に決めるさ。とっておきでね。」

そう言って隆士は刀を構えなおした。

隆士「ブランク明けすぐだからどうなるか分からないけど、覚悟しててね。」

犬斗「けっ・・・そうかよ。んじゃこっちも。」

犬斗は体中に携えていた刀の鞘を全て外して両手に二本だけを持って構えた。

隆士「今更だけど、よく十二本も持っていられたね。両腰に四本、背中に四本なんて。」

犬斗「備えあれば何とやらだ。だが全部外した分身軽になったぜ。」

隆士「成程。互いに万全で行くって事ね。じゃ、行くよ!!」

犬斗「おう!!」

二人は同時に相手へ向かった。

犬斗「でりゃあっ!!」

先に斬りかかった犬斗は二本の剣で隆士に何度も斬りかかった。
その太刀筋は強く速く、隆士は防御のまま仕掛けれないほどだった。

梢「隆士さん!!」

隆士「へへっ・・・やるじゃない。だけどまだまだ!!」

犬斗「何っ!?」

連撃の中隆士は上へ飛び上がった。

隆士「行くぞ!! 木!!」

犬斗「ぐっ!!」

飛び上がってすぐ隆士は木の型で仕掛けた。続けて。

隆士「水!!」

犬斗「うおっ!!」

隆士は木の型で着地してすぐに水の型を放ち、犬斗を上へ斬り上げた。

隆士「まだまだ!!」

空中にいる状態で隆士は鞘を取り出して刀を閉まった。

隆士「地!!」

犬斗「何っ!?」

空中で隆士は地の型を放ち、犬斗の刀を二本とも砕いた。

隆士「次でトドメ!!」

地の型を放ってすぐに隆士は刀を逆手に持ち替えた。

隆士「海!!」

犬斗「ぐあぁっ!!」

逆手で放った海の型は刃で無く柄の先で仕掛けられ、犬斗の腹部に命中した。

隆士「っと。何とか連携も上手く出来たな。」

海の型を放って隆士は着地した。

犬斗「ぐっ・・・やっぱ無理だったか・・・」

隆士「だけどお前の本気、悪くは無かったよ。その考えさえ無かったらね。」

犬斗「同感だ・・・ぜ・・・」

そう言い犬斗は気を失った。

梢「隆士さん・・・」

隆士「梢ちゃん。一つ考えがあるんだけど。」

梢「え?」

隆士「しばらく僕は絵本作家を目指している僕を封印しようと思うんだ。」

梢「ど、どう言う事です?」

隆士の言った事を梢は理解出来なかった。

隆士「この後の相手は誰にしても苦戦する。これからはしばらく剣士として自分を磨こうと思うんだ。」

梢「隆士さん・・・」

隆士「こんな状況なんだ。平凡に絵本作家を目指してる白鳥隆士でいられるほど、簡単に行かないさ。」

梢「・・・ちゃんと、ちゃんと戻ってくれるんですよね?」

隆士「え?」

梢「ちゃんと。優しく温かい絵を描いてくれる隆士さんに戻ってくれるんですよね・・・?」

梢の問いかける声は震えながらも力強くはっきりと隆士に言った。

隆士「勿論さ。全部終わったら、元の僕に戻るよ。」

梢「約束ですよ。」

そう言って梢は小指を立てた右手を隆士に差し出した。

隆士「うん。約束するよ。」

そして隆士も右手の小指を立て、梢と指切りをした。

隆士「必ず守るからね。」

梢「はい。」

約束をした二人に、一陣の風が優しく吹き抜けた。




二人の約束を見届けたかのような風であった。





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